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つとみや あかつき
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創作倉庫。 基本的に手ブロ創作企画関係を収納してます。 初めましてのかたはカテゴリ「はじめに」をどうぞ。
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マカロンの過去話。
彼女が魔女になった、6歳のときの話です。
やたら長い。








「マーリア」


「いらっしゃい」


今でもよく覚えている、大切な記憶。
忘れられない思い出。
忘れたい、悲しみ。









フロードロップ家は裕福な家庭だった。
それなりに地位も高く、現当主は少しのんびりしたところがあったが自分の領地はうまく管理していたので領民からの不満もそこまで大きくはない。
奥方は貴族の女性らしく穏やかで領地のことにあまり口を出さなかったが、生来のおおらかさからかよく市井に出かけ領民の声を聞くことのできる人だった。
跡を継ぐのは一人娘のマーリアだが、幼い彼女の頭のよさはフロードロップ家だけでなく領民にとっても自慢の種となるほどであった。
当年とって5歳になるマーリアの家庭教師は彼女に教えることはもはやほとんどないと言い、課題はといえば目下のところ文学の授業のみである。
理数科目に至っては、彼女は天才と呼べるほどに優れた発想を持っていたのだ。


「…マーリア、我が家の天使、どうだい授業は。今日は何を?」
「父さま!あのね、今日は先生といでんしについてをやったの…」


家庭教師から広まった彼女の天才ぶりは様々な研究者を引き付けてやまないものとなった。
あるときは生物学、あるときは物理学、あるときは人工生命学、あるときは遺伝子工学、あるときは数学ともっぱら理系に偏っていたがその中でも幅広い分野の研究者が彼女とデスクを共にした。
反対に詩歌や刺繍、絵画などは苦手なのかあまり手を出さず、また、歴史についてもあまり省みることがなかった。


「…先生がいいアイデアをもらえたっておっしゃったの!」
「本当かい?さすがだねマーリア」
「あなた、お手紙が届いてますわ…」


優しい父に穏やかな母、広い家にたくさんの使用人。
自分と対等に議論を交わす大人。
マーリアはその現状に満足しているような気がしなかった。
恵まれていることはわかっていたし、両親の愛情も使用人や領民の笑顔も純粋で得難いものなのだということも理解していた。
けれど、どこか物足りない。


「…マーリア、おいで。お客様だ」
「こんにちは、お嬢さん…」


【教授】がやってきたのは、彼女が小さな不和をその内に芽生えさせた頃だった。
彼は数学者を名乗り、首都にある大学で教鞭をとっているのだと言った。
人気のある講師なのだよと父は言い、なるほど彼の語り口は軽妙でわかりやすく、また聞き手をのめり込ませる話術の巧みさを持つ人物だった。


「…ううんお嬢さん、君は確かに天才らしい!どうだい、この問題を考えてみないかい?」
「なぁに、むつかしいの?」
「とても難しい。なにせ、ああ、この私がまだ解けていないのだからね!」
「本当?じゃあがんばる!…」


彼がある日持ってきた【問題】を彼女はとっくりと眺め、まずこれまでのようにあっさり解けるものではないことを理解した。
けれども幼い虚栄心からできないなどとは言えず、小さなくちびるを尖らせて唸っていると彼は笑って彼女の頭を撫でた。
曰く、これはとても難しい問題である。
曰く、彼も解いている最中である。
曰く。
競争をしよう、と。
その日以来彼女は他のことは一切せずにその問題に取り組んだ。
負けず嫌いな性格であったし、解けない問題に出会うのは久しぶりで――もしかしたら初めてかもしれない――楽しかったのだ。
そうして1ヶ月が経ち、マーリアは5歳の誕生日を迎えた。


「…やぁお嬢さん、誕生日おめでとう!ご機嫌はいかがかな?」
「きょうじゅ!とってもいいわ、ねぇきょうじゅ、あの問題はとけた?」
「いいや、まだかかりそうだ」
「本当?ねぇ聞いて、わたし、とけたの!…」


彼女は、紛れも無く天才だった。
数学界最後の難問と言われたそれを難無く解いた少女。
問題を与えた男にすれば単にヒントが得られれば良いというだけだったが、その思惑は大きく着地点を変えた。
それからの彼女の生活場所は研究室に移り、これまでよりずっと難解なことに挑戦し始めたのだ。
周りからは奇異の視線を向けられることも少なくはなかったが、彼女はそれをあまり気にしなかったし【教授】や彼と仲のよい生徒は彼女をひとりの研究者として扱っていたからそのうちに馴染んでいった。
相変わらず文学的な才能には恵まれなかったが、理系の大学だったそこでは特に気にされることもなくおかしな言動は彼女の年齢もあって容認されていた。


「…ねぇ、父さま、母さま」
「なんだいマーリア」
「かみさまって、どうやったらなれるのかしら?」
「まぁ、マーリア。神様は人がなれるものではありませんよ…」


彼女の探究心は留まることを知らなかった。
知識を求めて貪欲に吸収していく様は彼女の将来になにか末恐ろしいものを感じさせたが、その性質は研究者として申し分ないものであった。
彼女は、概ね好意的に受け入れられていたのだ。




「たりない」
「知りたい」
「わたしは」
「この世界のすべてを知りたい」




始まりは彼女のほんの小さな気まぐれだった。
本当に、なんとなくだったのだ。
彼女は自分が知りたいことを知り尽くすには何年かかるかを計算してしまった。
それには途方もなく長い、人間の一生程度ではまったく足りないほどの長い時間が必要だった。




「どうして」
「どうして!」




彼女は
絶望した




「いらない」
「知ることができないなら」
「こんな世界は」
「いらない!」




魔力の発露。
彼女は絶望と混乱の中でそれを知った。
始めはすぐ傍にあった薬品だった。
密閉されていたそれは見る間に沸騰し、容器は耐え切れずに割れる。
ひとつひとつならまだよかった。
けれどずらりと並んだその瓶の数々が連鎖するように爆発するようにどんどんと砕けていく様を彼女はつぶさに観察し、そして理解した。
自身の力は液体を沸騰させるらしい、と。
けれど、それは違った。


「…マーリアお嬢さま?大きな音がしましたけど、どうかなすったんですか?」
「ロア…」


ドアを開けて部屋に入ってきた使用人。
ここは危ないから、片付けないといけない――そう言おうとしたとき、彼女の肌がぶくぶくと泡立った。
次いで、悲鳴を上げた彼女の姿は無惨なものとなる。
皮膚が弾けて痛みに叫ぶ彼女を茫然と見つめれば、その下、露出された筋肉が爆ぜる内臓が溢れ出す弾ける飛び散る辺りが、血の海になる。
それでも止まらない。
広がった血もまた沸騰しどんどん蒸発して、ついには不気味などす黒い染みを残すだけとなったのだ。
そうして、マーリアは自身の能力を再認識した。
自分の力は醜悪なものか、と。


「…マーリアお嬢さま?どうかしたんですか、悲鳴が聞こえましたけど」
「だめ――…」


それから先は、マーリアにとって恐怖の連続だった。
それは同時に世界に絶望した彼女の無理心中のような意味合いも含んでいたのかもしれない。
ともかく彼女は部屋を出て、どうしようかと悩みながらどんどんと屋敷を血の海に変えて行った。
ある男を血達磨に変えたとき、彼の手にしていた燭台から屋敷に火が点いたけれど、彼女はもう気にしなかった。
どうでもよかった。




なにもできないなら、いっそこのまましんでしまえばいいのだわ。




「…マーリア!」
「かあ――さま――…」


母親の声に彼女ははっとしたように目を覆った。
これまでの観察から、自分の力は見ることで発動するのだと悟っていたから。


「…マーリア、火が…ここも危ないですから早く外へ」
「母さま、わたしは」
「さぁ早く、急いで。どうしてかしら、火が小さいうちに消されないなんて…」


目を塞いだまま、どうして自分は目を閉じているのだろうと彼女は思った。
どうにでもなれと思っていたし、使用人たちが死んでいくのがわかってもなんとも思っていたのに。
わからないけれど、見てはいけないと思ったのだ。
視界がふさがれていたから周りの様子はわからなかったが、パチパチと炎が爆ぜる音や肌を撫でる熱い風から火がかなりの勢いにまでなっていることは理解した。
時折母が足を止めて方向を変えるのもわかった。
そうして火から逃げているうちに父が現れて、よかった、無事でいたとふたりを抱きしめた。
まだ火の勢いが弱いところがあると父は言って、マーリアの手を引いた。


「…マーリアは目を?」
「わかりません、とにかく外に…」


あと、少し、だった。


「…マーリア!」


急にどんと身体を押され、彼女は地面に転がった。
反射的に周りを見ればそこは外で。
けれど、そこに両親はいなくて。
たった今自分が出てきたと思われるドアは、崩れ落ちた材木や煉瓦その他に押し潰され、炎を吹き上げていた。


「…マーリア・フロードロップだね?」
「だぁれ…」
「来てもらえるかな。我らの長が君を探している」
「ふぅん…そうなの…」
「目隠しをさせてもらっても良いかな?君の目はとても危険だからね」
「いいよ…ねぇ」
「うん?」
「あたしのおうち…どうなるのかな…」
「……消火は、もう始まっているよ。けれど元通りにはできないだろうね」
「そう…」


どのくらい時間が経ったのだろう。
数十秒後かもしれないし、数十分あとかもしれない。
とにかくマーリアが茫然として座り込んでいると、穏やかな男性の声がした。
ドアだった場所を注視したまま答えると、少しひやりとした指が彼女の髪をかきあげてそっと目に布が当てられたのがわかった。
それから不思議な浮遊感があって、一瞬の後に彼女は草のにおいのするどこかへ移動していた。


「…ああ、来たね。揺籃、お疲れさま」
「長、この子はずいぶんと疲れていますよ。休ませたほうが…」
「駄目だよ。まずはその目の封印からしないと、ここも大変なことになる」
「けれど…」
「いつまでも目隠しをしておく訳にもいかないだろう?…」


はぁ、と小さなため息のあと、そっと肩に手の平が置かれた。
…あの、ひやりとした手の平。


「…あと少しだけ、我慢できるかな。君の目を封印したら、休めるから」
「揺籃、ずいぶんその子に入れ込むねぇ」
「まだ子供なんですよ!」
「魔女さ」
「まさか…」
「与えられた名は【轟く瀑音】。やれやれ、この子の名前も考えていないのに…苗字は、私のもので縛ることにするよ。ま、何よりは封印だけれどね」
「そんな!こんな小さな子供なのに…」


芝生を踏む小さな音がして、誰かが目隠し越しにマーリアの目に触れた。
小さく何かを言っているのが聞こえるけれど、その声はとても微かで聞き取れない。
長いながい言葉を唱えきって、その誰かは彼女から指を離した。
そのまま目隠しも取られて、彼女は漸くその人を見た。
品の良さそうな小柄な老女。
口許はゆったりとほほ笑んでいて、髪は綺麗にまとめられたシルバー。


「…だぁれ?」
「梅ヶ谷木槿という。魔女の長さ。そっちは揺籃」
「…よろしく、瀑音」
「あたし、ばくおん、なんて名前じゃないわ」
「魔女は本名を名乗ってはいけないよ。魔法を扱う者にとってそれは命そのものだからね。命を預けてもいいと思える人にだけそっと伝えなさい」
「でも…ようらんは知ってたわ」
「彼は普通の人間だからねぇ」
「そのかわり、絶対に漏らしてはいけないんだ…」


さぁ、もうお休みなさいな。
歌うように紡がれた言葉がとても気持ちがよくて、マーリアは静かに意識を手放した。
ようこそ魔術の世界へ、と小さく聞こえた気がした。

------------------------
お…終わった…疲れた…まとまらないし、もう私はあきらめようかと何度思ったことか…


「決めた!瀑音、お前の名前はマカロンだよ」
「…へんな名前」
「いいのさ、これで。はーやっと肩の荷が下りた。マカロン、しばらくはここを見学おしな」
「うん。…ねぇ、苗字は?」
「おや、言ってなかったかい?お前は私の孫になるのさ。だから苗字は梅ヶ谷だ」
「うめがや、まかろん…かぁ」
「そのうちに慣れるさ」
「うん」
「よろしく、小さな魔女」
「ねぇ、ええと…むくげ?」
「なんだい」
「研究は…しても、いいのかな」
「そのうちにね」

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