忍者ブログ
プロフィール
HN:
つとみや あかつき
年齢:
35
HP:
性別:
非公開
誕生日:
1990/11/05
自己紹介:
おんなのこがすきです。
カウンター
フリーエリア
最新CM
[02/18 かや]
最新TB
バーコード
ブログ内検索
カレンダー
03 2026/04 05
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30
忍者ブログ | [PR]
創作倉庫。 基本的に手ブロ創作企画関係を収納してます。 初めましてのかたはカテゴリ「はじめに」をどうぞ。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。



蒲公英の昔話、みたいなもの。
ますほさんちょろっとお借りしました。


------------------------
私は虎である。名はない。
生まれて間もないようだが親はない。何故かはわからぬ。
周囲にほかの生き物の姿は見えぬ。私が、子供とは言え肉を食う獣であるからだろう。
空腹はさして感じられぬ。おかしなことだ。
しかしながら少々喉が渇いている。覚えのある限りなにも口にしておらぬせいであろう。
獣の特性として鼻は利くようである。これは善い。水のにおいを辿るが善い。幸いなことに近場にあるようだ。
体を動かす。おかしなところは見当たらぬ。四肢は問題なく付属しており、また問題なく可動する。
「…ふむ」
柔らかな下生えを踏み歩く。あしの裏がくすぐられる。緑は、碧は、鮮やかに目に入る。
ああ、世界とはかくも美しいものか。






ずいぶんと時間がたった。食事は未だあまり必要とせぬ。
ほかの肉を食う獣は、理由はわからぬが私に近付かぬ。そのせいか鳥などはよく集まってくる。
私以外の虎の姿は見受けられぬ。私は縄張りを主張した覚えはないゆえにこれは大変におかしなことであろう。
あまり長く同じ場所に留まることは避けるべきではないかと考える。前述のように肉を食う獣が近付かぬ私の周りでは、鳥や食われる立場の獣に危機感が薄れるように思われるのだ。
かと言って必要もなく私が彼等を食っては本末転倒である。私は徒にいのちを奪いたい訳ではなく獣としての自然を生きてもらいたいのであるから。
そう思い寝床を変えて歩くことにした。






先日、人間に出逢った。人間と言えば思い出されるのは幼少期の苦い思い出である。
私は人間の言葉を理解することができる。また、彼等と同程度言葉を操ることもできる。ばったりと出くわした人間に食べぬから安心するよう伝えたところ、化け物呼ばわりである。山狩りまでされてしまった。
私は人間にはそこまで興味はなく、また好んで近付こうとも思わなかったので出逢った人間はほとんど人間であると認識した程度でそのまま通り過ぎた。
以前に遭った人間とは姿が違っているような気もしたが、種の中でも土地によって姿の変わる生き物は多い。おそらく人間もその類いであろう。






困ったことになった。すがたちがいの人間はどうやら私に興味を持ったようである。10人程であろうか、人間たちは犬を連れ私を探し出したのだ。犬は私を見て畏縮している。すまぬことだ。
人間たちは私の生まれた土地で聞いた言葉とは違う言葉を話しているために何を言っているかはわからぬ。ほとほと困った。
網などを手にしている者が見受けられることから私を殺そうと言うよりは捕らえようと思っているのであることはわかるが、詳しいことはわからぬ。どうしたものか。
わからぬということが恐ろしい。吠えれば彼らは退くだろうか。それとも、吠えず襲わず獰猛な仕種を見せなかったために害なしと思われ捕らえるのみにおさまるのか。
どうしたら良






意識が戻った。私は檻の中にいる。どうやら麻酔かなにかを撃ち込まれたのであろう。よくはわからぬが体は少々怠いのみで問題は感じられぬ。
においを嗅げば、どうやらここは獣が多くいるようである。人間のにおいもするが微かである。
ゆっくりと身を起こす。頭に僅か靄がかかっているようにぼんやりとするが思考には問題ない。
周りにはいくつかの檻がある。熊や獅子、虎といったいわゆる猛獣の類ばかりで、そのどれもが私よりよほど小柄である。
いや。というよりも、私が彼等に比べ巨大なのであろう。そのせいなのか周りの獣は私から距離を取っている。
私の入っている檻からは草を食む獣の臭いがする。彼らの中には巨体を持つものもあるから、その檻を使ったのだろう。猛獣に使われている大きさの檻では私には窮屈であろうから。






私を捕らえた人間たちは、サーカスと呼ばれる見世物集団であるらしい。始めこそ言葉がわからず戸惑ってはいたが、彼ら同士の会話や私に投げ掛けられる台詞から徐々になにを言っているのかわかるようになった。
私に芸をさせているのは雌の人間である。虚勢を張るように接してきていたが、最近では随分と穏やかになってきた。しかし私が吠えたり唸ったりと所謂猛獣の仕種をしないために出し物としては面白みに欠けてしまうとぼやいている。ひと声吠えてやれば良いのであろうが、そうするとおそらく他の獣が怯えてそれはそれで見世物にならぬのではないかと思う。
此の人間は獣慣れをしている。幼少の頃からこの見世物集団にいるとすればそれは当然だろう。ここには獣が多い。私は此の人間に耳の辺りを撫でられるのが気に入っている。どの程度気に入っているのかと言えば、ふむ、此の人間の為であれば声を張り上げ吠えてやるのも善いと言える程度である。






人間に限らず、私の周りの生き物は私に較べてよほど短命である。若かった人間は歳をとり娘が私の相手をすることが徐々に増えてきた。同じように他の獣達も代替わりをし始める。他にも長く生きる獣はいるが、私のように繁殖することもなく一頭限りで淡々と生きる獣はおそらくいないのだろう。
この集団は各地を転々としているのだが、専属で獣達を診る医者がいる。彼をして私は『真に不思議な虎』であるらしい。歳を経ているのか若いのか、なぜこのような巨体になったのか、また巨体の割に食の細いこと、食は細くとも巨体を維持できていることがわからぬと云う。
問われても私自身わからぬことであるから答えようがない。私はなんなのか。なぜ人間の言葉を解すのか。肉を喰らうべき獣であるのになぜ欲することが少ないのか。わからぬ。私にはそれらを教えるべき親がおらぬ。
医者は、確実に言えることは健康体であることくらいだと冗談めかして云う。周りの人間はそれを受けて笑う。娘が私を撫でて笑う。ほんの最近まで言葉も覚束ない幼児であったと思うのに、私にもたれ掛かる姿は少し幼さの残る程度の少女である。時の流れるのは早いものだ。






ある、冬の日のことであった。戦が起こるやもしれぬという噂は前からあったが、それがとうとう実際になったのだ。戦は民を困窮させる。見るべき民が困窮しては興行も立ち行かなくなる。
戦時下の獣の扱いは想像するだに難くない。脱走し人間を傷付ける可能性があるとして処分されることになるだろう。しかしその前に此処の雄、特に若い雄の人間が軍に取り立てられていくだろうことも容易に想像できた。
家がなくなる、と娘は泣いていた。憐れな子だ。私にはどうすることもできぬ。しかし無為に殺される筋合いはない。私はそもそもここの生まれではなく、また私には自力で戦禍から逃れる自信がある。
私は大気に関して働き掛ける能力があった。土を蹴るように大気を蹴り、自らの爪のように風の刃を閃かせることができるちからだ。常ならば使うことはないが、ひとところに留まることも最早限界である。私は、此処を離れるためにちからを振るうこととなるだろう。






西を目指したかつてとは逆に東を目指す。大地を進んだかつてとは変わり行程の殆どは空の中だ。人目を避けるようにしてはいるがそろそろ地を行くほうが危険は少ないだろうと思う。
場所が変わればにおいも変わるものだ。乾いた石や土のにおいの多い西から湿った土と植物のにおいの多い東へ。落ち葉が重なり腐った甘い匂いを吸い込めば懐かしむ気持ちもわいてくる。
目にも鮮やかな緑は私の第一の記憶である。奇しくも同じ季節に故郷へ戻ったことはなんの暗示かと思えど、やはり懐かしく慶びは抑えがたい。
「美しい」
感慨深いとも言える思いであろう。心動かされるとも言える思いであろう。しかし私はこの美しさに囚われ留まる心算はない。更に東へ、海でも見てやろうと思ったのである。遠くへ往けば、或いは私と同じような存在に出逢えるかもしれぬと思ったのである。












「真赭殿」
「んー?」
「私は倖せものだ」
「………。どうしたんだい、急に」
「否や」
腹に凭れるやわらかな重み。廊下を走る軽やかな跫。茶の薫り。お茶にしませんか、と男の優しい声がするだろう。お菓子があるよ、と子らの弾けるような声がするだろう。
そして私は此処を住処とし、移ろわずともよいのだ。



拍手[0回]

PR


この記事にコメントする
HN:
TITLE:
COLOR:
MAIL:
URL:
COMMENT:
PASS:
この記事へのトラックバック
この記事にトラックバックする:
<<北条 | HOME | 月唄>>

Powered by 忍者ブログ  Design by まめの
Copyright c [ あばらぼね。 ] All Rights Reserved.
http://rokkotsu.zoku-sei.com/